人間の運命を映す『ヘルマン・ヘッセ雲』

書評

『この広い世界に、この私以上に雲のこと
を知り、雲を愛しているものがいたなら、
私に教えてほしい。』

これは、本書『雲』(ヘルマン・ヘッセ)
(倉田勇治訳)
の「訳者あとがき」で紹介
されている言葉です。

ヘッセ最初の長編小説「ペーター・カー
メンチント」
の冒頭で記されています。

ヘッセの雲に対するとても強い
「心情」を感じます。

そして、その強い思いは、本書において
随所に披瀝されています。

私が本書に惹かれたのは、連綿と続く
雲への熱い思い、そこから波動する
ある種の「期待」と「癒し」。

ひと頁捲る毎に拓かれる強い吸引の力、
その先に広がる異次元の空間。

時間さえあれば、ずっと眺めてきた雲。
なかでも旅先の車窓から流れゆく被写は、
正直な自分を映し出し、示してくれる。

過去から今、そして、未来を予測しながら
旅は続いてゆく。

「人間の運命」を繰り返し、繰り返し
映し続けているように思える。

心が定まらぬ時は、あせらず静かに、
ただただ、眺めているだけで良い。

雲は、今の自分の姿と正直な心を
映し出してくれている。

尋ねてみると良い。

自分は、いったいどこへ向かって
歩むべきかを。

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本書で学んだ素敵な言葉

長き旅の途上にあり、
さすらいの悲喜のすべてを
知ったものでなければ、
この雲の気持ちはわからない。

(本書「白い雲」より)

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人間の運命について思い倦ねるあなたへ

ヘッセは、雲のような生涯をさすらい
どこにも故郷をもたず、時間と永久の狭間
をただよう生涯を送ったに違いない。

これは、訳者がヘッセに心酔を深めること
となった四半世紀余り前を回想するシーン
で記されています。

皆さんは、「披瀝」という言葉、
ご存知ですか。

私は、本書から知りました。

この言葉が持つ意味と発っしられた際の
響きが、とても好きです。

意味は、ご存じでしょうか?

辞書に頼ってみると、こうでした。

「心の中の考えを包み隠さず、
打ち明けること。」

いかがでしょう?

私は、なにかふっと「心の居場所」を
示されたように感じています。

披瀝すべき先は、「雲」。

そう、私は、そう感じ、空を眺める
機会が増えたように思います。

人生においては、深く考えるべき
タイミングが訪れます。

何の前ぶりもなく、
そういうものです。

故に、いつも、こうして、空を
見上げ、雲を眺めています。

迷ったときは、焦らず、
しばらくは、今のままで良い、

根拠がしっかりと定着し、
決断と断行ができるように
なるまでは。

こうした迷いに立ち、思いあぐねる時期に
ある方は、ぜひ、本書「ヘッセの雲」に
ご自身の今の心をそのまま預けてみては
いかがでしょうか。

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「人間の運命」を雲に委ねる著者の考え

『ヘッセの人生は第一次世界大戦の時期に
一気に暗転し、彼は精神分析療法を受ける
までになります。』

これは、本書「訳者あとがき』で著者
ヘッセについて記された内容です。

それは、さらに次のように続きます。

『そして、これを機に彼は深層心理学
について造詣を深めていきます。』

1918年に書かれた「曇り空」から
ヘッセの心の動きを訳者はこう読み取り
紹介しているのだと理解しました。

さらに、訳者からの非常に意味深い
著者の紹介が続きます。

「デミアン」はその結実であるとも言われ
この時期にヘッセの「内面への道」と呼ば
れるものが始まります。

人間の内なる自然、無意識の深層に光が当
てられてこれがえぐり出され内と外との
神秘的な混淆こんこうが認められるのがこの中期の
特徴のひとつと言えます。

私がこれまでヘッセに対して持っていた
イメージをさらに、印象的に深めてくれる
そんな描写に感じています。

訳者がヘッセに惹かれた理由が、
とても印象深く感じましたので、
以下に記しておきます。

『私がこれほどまでに彼に惹かれ、
いやそればかりか折にふれて、葛藤する
心のいやしと、生きる手助けと確信とを
得たのは、

ひとことで言えば、痛ましいまでに一徹
に自己を追求してその完成をめざした彼
の不屈の精神とその所産、

それにその間に熟成された博愛に満ちた
きわめて広量な生命についての考え方の
ためでした。』

実に、意味深いと感じます。

特に「自己を追求してその完成を
めざした彼の不屈の精神」は、
私の心にも深く浸透しています。

本書「雲」は、多くの気づきと心の癒しを
与えてくれる、いつも横においておきたい
本のひとつです。

では、本書の中で私が特に興味を惹かれた
箇所を引用しておきます。

本書に綴られた考え方を知り、自分は
どう考え、どう行動に活すのかを、
ぜひ、考えてみて頂ければと思います。

【引用5選】

❶雲「無為の術」

雲は、私たちにとってさらに無常のたとえ
であり、たいていの場合は楽しくて人のこ
ころを解放する心地のよいたとえなのだ。

なんともはかなく、移ろいやすく、
そして無常であるのを知り、快くもまた
哀しくなるのである。

❷雲の美しさとメランコリー
(ペーター・カーメンチント)

私のこころのなかの何かがさながら羅針盤
の針のように震え本能のおもむくがままの
力強さであのはるか彼方を指したのだった

雲たちの美しさとメランコリーを始めて
あますところなく理解したのであった。

❸曇り空「放浪」

苦しみならもっとひどいほうがよい。
そのかわりに、至福の瞬間にはそれだけ
輝きが増すのだから!

まだ生きているのだ。
また乗り越えたのだ。
またもう一度乗り越えるだろう。

❹セイロンの思い出「インドから」

たった今、風がヌーレリアの広い谷を
吹き抜け、谷全体が澄み渡った。

この地がじっさいに楽園であり、そして
また今まさに雲に包まれた青い山から、
最初の人間が大きく力強く谷間に降りて
くるかのようだった。

❺終曲「詩集」

旅する雲ときつい風が、
病んでいた私を冷やす。

静かに嘆き悲しみつつ生き残ったものは、
胸の奥底のひとつのひびきだけ。

幾時間も、いや幾日も、
何も語らず一心に耳を傾けて
いることができる。

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本書に私淑して私が思うこと

この空は通じている。
雲はその流れを辿り伝えてくれる。

ひとつとして同じ形を持たぬ雲
ただ、眺めていたい、終わりのない白雲。

目標を定め、突き進む人生。
ときに立ち止まり、
空白の時間が訪れる。

向かうべき先が見えない、
心が定まらない、
無の力に抑え込まれる。

こうした状況に呑まれてしまった時は、
慌てても仕方がない、
なにも解決はしないのだから。

ただただ、空を見上げ雲の変化に
心を同化させ時間を過ごす。

そうするしか、対処の術を知しらず、
心の置き場をただ只管ひたすら求めながら、
生きてきました。

しかし、そんな自分に訪れた転機。

それは、本書表紙を目にした瞬間でした。

ヘッセが座り込んで、45度前方を見上
げた一見平凡に見える写真。

しかし、瞬間、私の心に差し込んだ光が
安らかな気持ちを身体中に満たしてくれ
たのです。

「曇り雲」に綴られたヘッセの心の言葉
は、終生私の心から立ち去ることはない
でしょう。

その言葉を最後に記しておきます。

『まだ生きているのだ。
また乗り越えたのだ。
またもう一度乗り越えるだろう。』

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まとめ(「人間の運命を映す」)

『雲 ヘルマン・ヘッセ』
(倉田勇治訳)についてお伝えしました。

ヘルマン・ヘッセは、ノーベル文学賞を
受賞したドイツの有名な作家。

小説「知と愛」、あるいは「春の嵐」は、
今でも私の書斎の棚には置いたままです。

トーマス・マン等々、ドイツ作家の小説を
読み続けた頃、ヘッセもまた小説家の一人
としての存在でした。

しかし、ヘッセの詩を目にした瞬間、心が
なにか大きな力で吸い寄せられる思いにな
ったのを今でもはっきりと覚えています。

訳者はヘッセのことをこう表しています。

『つねに移ろい千変万化する雲に人の生の
たとえを観たヘッセ』

雲とヘッセの繋がりを表わした言葉、
実に見事です。

「雲ヘルマン・ヘッセ」を手にして、
ご自身の目と心で、ヘッセが描く「雲」
の力を体感して頂きたい、

そう強く願っています。

ボアソルチ。

株式会社CSI総合研究所
 代表取締役 大高英則

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