今こそ読み直すべき一冊『半藤一利 昭和史』

書評

日本人はなぜ戦争を繰り返したのか等、
5つの教訓は、現在もなお生きている。


同じ過ちを繰り返さないために、
今こそ読み直すべき一冊。

本書「昭和史」(半藤一利)の表紙裏には
こう記されている。

実に、意味深い言葉である。

ごくごく自然に、私の「せきがくの旅」は
始まりました。

ある会合で知り合ったご年配の白髪紳士。

昭和史の大変厳しく、重い体験談を
切々と語って頂く経験をしました。

君側の奸、張作霖爆殺、統帥権干犯、
盧溝橋事件等々、身が引き締まる思いで
聞かせて頂きました。

繰り返される老紳士の語りの中で、
幾度となく出現する史実の数々、

しかし、その内容の詳細、本来の意味を
理解できていない現実に反省をすること
になりました。

そして、手にしたのが本書です。

「はじめの章」にこんな記述があります。

慶応元年1865年に京都の朝廷までが
日本を開国すると国策を変更して国造りを
始めて、1905年に完成した。

その国を40年後の1945年にまた滅ぼし
てしまう。

国をつくるのに40年、国を滅ぼすのに
40年、語呂合わせのようですが、そう
いう結果をうんだのです。

実に深い意味を持った記述に感じます。

・日露戦争に勝った意味
・張作霖爆破と統帥権干犯
・関東軍の野望、満州国の建国
・五・一五事件
・二・二六事件
・盧溝橋事件
・南京事件
・太平洋戦争

こうした昭和の跡をひとつづつ辿り、
ぜひ、考えてみて頂きたいのです。

なぜ、争いが繰り返されるのか。
それを回避できる術はないのか。

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本書で学んだ素敵な言葉

昭和史の根底には、
”赤い夕陽の満州”があった。

昭和史の諸条件は、常に満州問題と絡んで
起こります、そして、大小の事件の積み重
ねの果てに、国の運命を賭した太平洋戦争
があったわけです。

とにかくさまざまな要素が複雑に絡んで
歴史は進みます。その根底に”赤い夕陽の
満州”があったことは確かなのです。

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戦争回避の方法を皆が自ら考えて欲しい

昭和史をどれだけの人がきちんと
理解できているのだろうか?

いまこそ、昭和史を知り、その歴史に
学ぶ時であると強く感じています。

戦争を仕掛けることはあってはならない。
人類全てがその思いであって欲しいが、
現実はそうではない。

独自の解釈から戦争を始める国がある。
そして、それは、独裁的指導者に牽引
されているケースが多い。

故に防衛の策は、常に、完全に実施済み
でなければならない。

その上で、戦争が起きぬよう外交に
力を入れる必要がある。

戦争を起こす側には、必ず理由がある。
如何に早く察知し、解決のための交渉を
進めるかにかかっている。

抑止力のための軍備は必須である。
外交技術は、それ以上に重要である。

この両輪がしっかりと機能していれば、
戦争の回避は可能であると願いたい。

しかし、厳然と戦争は繰り返されている。

全ての大事件の前には、必ず小事件が
おきている。

この現実を注視し、昭和史に学ぶべきで
あると考えています。

その為に本書は、非常に大きな役割を
果たしてくれると信じています。

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歴史を考え人間学に到達する著者の考え方

ある時点での人間の小さな決断が、歴史を
とんでもないほうへ引っ張っていくことも
ある。


それを語らなければ歴史を語ったことに
ならない。むずかしさはそこにある。

著者の実体験から来る鋭い観察眼による
ものと感じます。

さらに、著者の考えは続きます。

それにつけても、歴史とはなんと巨大で
多様で、面白い物語であるかとつくづく
思う。

人間の英知や愚昧、勇気と卑劣、善意と
野心のすべてが書き込まれている。

歴史とは何かを考えることは、つまり
人間学に到達するのである。

本書を読み進めていくと、起きてはならな
いことが起こってしまった事実を知ること
になります。

そして、そこには確実に原因が存在して
いたことも知ることになります。

しかし、ここからが大事なのですが、
通常の問題は現状と原因がわかれば
対策はそう時間をかけずに実施でき
ます。

戦争はそう簡単に解決策を見いだせない。

本書をしっかりと読み進めていくことで
解決への道が見えてくるものと願ってい
ます。

では、本書の中で私が特に興味を惹かれた
項目を引用しておきます。

【引用5選】

❶日露戦争に勝った意味

日露戦争というのは結局、このように帝政
ロシアがどんどん南に下りてきて、旅順・
大連を清国から強引にもぎ取り、さらに、
朝鮮半島へ勢力を広げてきたことに大変な
脅威を抱いた日本が、その南下を食いとめ
んと、自存自衛のため起こったものです。

そして、日本本土を守るための一番先端の
防衛線を引くことができた、生命線として
の満州ができたことになります。

❷張作霖爆殺の犯人

満州某重大事件といわれますが、張作霖と
いう中国の大軍閥の親玉が乗った汽車を、
日本軍が爆殺して暗殺したという、所謂
張作霖爆殺事件。

大元帥と自称して北京まで進攻し、日本軍
の後ろ盾で北京政府までつくってしまいま
す。ところが威張りだしたこの大元帥が、
だんだん日本の言うことを聞かなくなって
きたのです。

役に立たなくなった時点で張作霖を亡き者
した方がいいと原敬内閣の時に方針を決め
ていました。

❸二・二六事件の眼目は宮城占拠計画

天皇陛下というものをわが手で押さえてし
まおう、そうすれば明治維新の時に玉を押
さえるということで、薩摩と長州と土佐が
明治天皇を頭に戴いて偽の命令を出し、あ
っという間に官軍になってしまった歴史的
事実がありますので、この場合も昭和天皇
を背後に戴くことによって自分たちが官軍
になるという方式を考えたのです。

じゃあどうするか、宮城を押さえればいい
そのためにまことに微妙な動きがありまし
た。

❹四つの御前会議

長い日米交渉の時間があって、それを踏ま
えながら四回の御前会議が開かれ、ついに
対米英戦に突入するのです。

「本目的達成のため対米英戦を辞せず」

御前会議というのは、天皇の前で内閣と軍
部が一緒になって、日本の国がとるべき大
方針を決める国家最高の会議です。

❺ポツダム宣言受諾、終戦

戦争というのは、起こすのはたやすいが、
終えるのは容易ではないのです。

九月二日、東京湾に浮かんだアメリカの
軍艦ミズーリ号の上で降伏文書の調印式
が行われ、日本は太平洋戦争を「降伏」
というかたちで終えました。

日本の国体、天皇主権の国家は否定され
国民主権の国家になったわけですから、
天皇の身柄はたしかに象徴というかたち
で助かったものの、結果的にはだした一
条件さえ無視されていたことになるので
はないかと思います。

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二・二六事件、私にとって特別な思いのある昭和史

『言うことはきかん、
すぐ出て行ってもらいたい』

昭和十一年二月二十六日の二・二六事件、
守衛隊司令部で宮城内を守っていた大高
少将は約百名を引き連れた中橋中将と
真っ向から顔を突き合わせてこの言葉を
発したのです。

中橋中隊は大蔵大臣私邸を襲撃し、高橋
是清を惨殺して宮城内に入ってきたとこ
ろでした。

中橋中将と大高少将は拳銃を抜き、
互いに顔を見合って緊迫した状況。

もし、中橋中将が大義のために大高少将
を射殺していたならば、展開は大きく変
わっていたかもしれません。

しかし、現実には、中橋中将のほうが
まず拳銃をしまった、という経緯だっ
たようです。

本書「昭和史」を読み進める中で、この
場面がとても、深く印象に残っています。

「大高少将」、私と同姓なのです。

この場面にみられる大高少将の使命感、
そして、覚悟と意志の強さを感じます。

もし、それがなければ、歴史が変わって
いたのかもしれない、そう思うと、
人の意志と覚悟の重さを感じずには
いられません。

最後に著者は、こう記しています。

いづれにしろ、二・二六事件の基本には
宮城占拠計画があり、それが一番大事な
仕事だったのです。

が、大高少将と中橋中将が拳銃を抜き合
って互いに睨み合ったところでお終いに


最大の狙いである宮城占拠はならず、
しかも、理解者と思い込んでいた天皇陛下
は自分たちに対して、まるで同情的でも
なかったことが間もなくわかりはじめる
のです。「わが事成れり」

まさに、歴史は人で動く、
そう深く、深く、思うのです。

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まとめ(「5つの教訓」)

今回は、『昭和史』(半藤一利)
についてお伝えしました。

他国への侵略などないであろうと思う
日々の中で、突然その事態が起きる。

どう対処すべきか、今と今後において。

本書が示す教訓をしっかりと読み込む
べき時にあるように思うのです。

防衛の在り方、真の外交の在り方を国民
のすべてが考え議論し、形にすべき時、
猶予のない時期にきていると思うのです。

・日本人はなぜ戦争を繰り返したのか
・すべての大事件の前には必ず小事件が
起こるもの
・国民的熱狂の危険
・抽象的観念論への傾倒、等

ぜひ、本書を手に取り、一読されることを
お勧めします。

ボアソルチ。

株式会社CSI総合研究所
 代表取締役 大高英則

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