前立腺がんステージⅣと向き合う私が『仏教「超」入門』から学んだ「いまを生きる」ということ

書評

「請わば叶う」。

いつからか、私はこの言葉を心の中で大切にしてきました。目標に向かって考え、行動し、時間がかかっても諦めずに続ける。そうすることで、少しずつ形になったことがいくつもあります。

ところが、約一年前、努力だけでは結果を決められない出来事に直面しました。前立腺がんの告知です。診断されたときにはステージⅣで、リンパ節と骨への転移もありました。

治療を始め、背中の激しい痛みは治まりました。現在は体調も良く、仕事をし、家族や孫たちと過ごすことができています。それでも、ふとした瞬間に「この状態はいつまで続くだろう」と考えます。

先のことを知りたい。でも、誰にも確かな答えは分かりません。

そんなときに手に取ったのが、白取春彦さんの『仏教「超」入門』でした。仏教について、私はほとんど知識がありません。だからこそ、難しい言葉を覚える前に、いま自分の心で起きていることを見つめる手がかりが欲しかったのだと思います。

この記事は、仏教を解説するためのものではありません。病気とともに暮らす私が、本を読み、何を感じ、これからの日々をどう過ごしたいと考えたかを綴ります。

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治療が進んでも、不安が消えるわけではない

前立腺がんと告げられたとき、大きな衝撃を受けました。一方で、「私はまだ生きている。いま何ができるだろう」と、現状を理解しようとする自分もいました。

それまで仕事でも生活でも、課題があれば調べ、考え、行動してきました。努力すれば、すぐではなくても状況を変えられる。そう信じて歩んできたのです。

しかし、がんの治療は、私の意志だけで経過を決められるものではありません。医師と相談しながら治療を続け、生活を整えることはできます。それでも、将来の状態まで思いどおりにすることはできません。

現在、私はホルモン注射と薬による治療を続けています。痛みが治まり、体調良く過ごせていることは、本当にありがたいことです。ただ、体調が良い日にも不安がなくなるわけではありません。

仕事に集中しているときや孫たちと話しているときは、病気を忘れています。ところが、静かな時間になると、「また痛みが出たら」「治療の効果が変わったら」と、まだ起きていないことを考えてしまいます。

不安になる自分を責めたいわけではありません。病気を抱えれば、先を案じるのは自然なことだと思います。ただ、その想像に一日中引きずられてしまうと、今日過ごせる時間まで失ってしまう。それをどうにかしたいという思いが、本書を読むきっかけになりました。

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『仏教「超」入門』を読んで心に残ったこと

白取春彦さんの『仏教「超」入門』には、「悟り」「煩悩」「縁起」「空」「無常」など、私には難しそうに見えた言葉が出てきます。

読む前の私は、仏教というと、お寺や葬儀、あるいは遠い昔の教えという印象を持っていました。ところが読み進めるうちに、自分の不安や日々の行動を考えるうえでも、受け取れることがあると感じました。

特に心に残ったのは、知識として理解することと、自分の経験を通して身につけることの違いです。

「先のことばかり考えず、今日を大切にしよう」。この言葉自体は、以前から知っていました。でも、がんの告知を受けた後では、同じ言葉の重みが違います。明日の体調を心配しながら、今日の散歩で感じる空気や、家族と交わす会話に気づく。頭で分かったつもりになるだけではなく、生活の中で何度も立ち戻る必要があるのだと思いました。

もちろん、一冊読んだからといって、不安をなくせるわけではありません。それでも、不安に心を占められたときに、視線を「まだ起きていないこと」から「いま目の前にあること」へ戻す助けになっています。

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「いまを生きる」は、将来を考えないことではない

病気と向き合う以上、今後の検査や治療について考えることは必要です。体の変化を医師に伝え、次の診察に備えることも大切です。

私が本を読んで考えた「いまを生きる」とは、将来の備えをやめることではありません。必要なことを考えたうえで、答えの出ない想像を際限なく続けない、ということです。

たとえば、「次の検査結果がどうなるか」と考えても、今日の私には結果を知ることはできません。けれども、今日の体調を確かめること、治療を続けること、無理のない範囲で体を動かすことはできます。

そして、元気に話せる日に妻と話す。孫に会える日に、その表情を見る。仕事ができる日に、目の前の仕事に集中する。そうした時間は、将来の不安を考えている間にも過ぎていきます。

「今日できることをする」というのは、病気に負けないと自分を奮い立たせる言葉とは少し違います。調子の良い日は動き、疲れた日は休む。その日の自分にできることを確かめながら過ごしたいのです。

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「無常」を、変化への恐れだけで受け止めない

本書を読んで、もう一つ考えさせられたのが「無常」です。

以前の私は、「すべては変わる」と聞くと、良い状態もいつか終わるという、寂しい意味を先に思い浮かべていました。がんと向き合うようになってからは、なおさらです。いま痛みがないとしても、また変わるかもしれない。そう思うと、穏やかな日にも不安が入り込みます。

しかし、変化するのは悪い方向だけではありません。告知を受けた頃、背中には激しい痛みがありました。それが治療によって治まり、いまは仕事や家族との時間を過ごせています。私の体調も、毎日の生活も、すでに変化してきました。

だからといって、これから必ず良くなると決めつけることはできません。同じように、必ず悪くなると決めつけることもできません。

未来が分からないからこそ、いまの状態を丁寧に見つめる。良い日には、その一日を素直に喜ぶ。つらい日には、一人で抱え込まず、必要な助けを求める。私にとって無常を考えることは、変化を予測し尽くそうとする力を少し緩めることにつながりました。

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病気以外の時間も、私の人生の一部

告知を受けてから、生活の中心には治療があります。診察や検査の予定を考え、体調の変化にも気を配ります。それは欠かせないことです。

一方で、私は患者であるだけではありません。仕事をする人間であり、妻と暮らす夫であり、孫たちの祖父でもあります。

仕事について考え、工夫を重ねているときは、そのことに夢中になります。孫たちの声を聞いているときは、次の検査のことを忘れています。散歩をすれば、季節によって変わる空気や景色に目が向きます。

病気を忘れる時間があることに、後ろめたさを感じる必要はないと思うようになりました。治療を続けながら、病気以外のことにも心を向ける。それは現実から目をそらすことではなく、私の生活を生きることです。

もちろん、いつも前向きでいられるわけではありません。弱気になる日もあります。それでも、心が不安でいっぱいになったら、目の前の一つのことに戻ってみる。仕事の一場面でも、家族との食事でも、歩く一歩でもいい。その時間を重ねていきたいと思います。

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自分に向ける言葉を、少し変えてみる

私は長い間、「請わば叶う」という言葉を信じてきました。病気になったいま、この言葉を以前と同じ意味で受け取ることは難しくなりました。

強く願い、努力すれば、病気について望む結果が必ず得られる。そう言い切ることはできません。治療の経過は一人ひとり異なり、私にも先は分からないからです。

それでも、願うことをやめたいわけではありません。これからも元気に暮らしたい。妻や娘たち、孫たちと過ごしたい。できる限り仕事を続けたい。その願いは、私が今日を過ごす力になっています。

変わったのは、願いとの付き合い方です。遠い結果だけを見つめて「まだ足りない」と自分を追い立てるより、今日できたことにも目を向けたいと思います。

「今日は散歩ができた」「仕事を一つ進められた」「家族と笑って話せた」。小さな出来事でも、私にとっては現実にあった大切な時間です。

不安なとき、自分にどんな言葉をかけるかによって、心のあり方も変わります。「この先はきっと大変だ」と繰り返す代わりに、「今日のことを一つずつやろう」と言ってみる。その言葉まで病気に奪われる必要はないと思うのです。

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良い言葉を語り、良い時間を重ねたい

本書を読み終えて、私の心に残ったのは、言葉と行いを大切にしたいという思いでした。

先のことが心配なときほど、言葉は暗くなりがちです。もちろん、つらさを我慢して明るく振る舞う必要はありません。不安なときには、不安だと伝えていい。ただ、周囲の人に向ける言葉や、自分自身にかける言葉を、できるだけ大切に選びたいのです。

病気とともに暮らす日々の中にも、感謝を伝えられる場面があります。家族がそばにいてくれること。治療を受けられること。仕事に向き合えること。孫たちと話せること。

これらは、将来への不安が消えたから大切になるのではありません。不安があっても、いま確かにある時間です。

前立腺がんと、これからどのように付き合っていくことになるのかは分かりません。だからこそ、分からない未来を想像するだけで一日を終えず、今日の体調に耳を傾け、今日会える人と話し、今日できることに取り組みたいと思います。

『仏教「超」入門』は、私に病気の答えを教えてくれた本ではありません。答えの出ない不安を抱えながらも、いまの生活へ戻るきっかけをくれた本です。

善いことを思い、善い言葉を語り、大切な人たちと善い時間を過ごす。その積み重ねの中で、前立腺がんとともに生きる自分なりの道を探していきたいと思います。

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