人間の悲劇的条件『柄谷行人講演集成「言葉と悲劇」』

書評

『悲劇は死ぬのです』

これは、本書『言葉と悲劇』(柄谷行人)
で紹介されている言葉です。

実に、「難解な言葉」です。

この言葉が意味するところの真意を知り
たく、本書を辿り始めたというのが本音
です。

柄谷行人からたにこうじんという文芸批評家・思想家、
私の中では全く知りえぬ人でした。

本書を手にしたのは、書店で偶然目にした
このタイトル「言葉と悲劇」に惹かれての
ことでした。

当時の私は、「言葉」という言葉に、
異常なまでに執着していたのです。

それは、セミナー、研修の講師として、
原稿を書き、話す日々を送っていたから
です。

その後何年も経ったある日、新聞で本書の
著者である柄谷行人氏が大変有名な人物で
あることを知りました。

「バーグルエン哲学・文学賞」を日本人で
初めて受賞したという記事でした。

哲学のノーベル文学賞と言われる賞です。

その時から非常に興味が募り、私の中では
現役で哲学を語る注目の人、3人の内の1
人です。

読み進めるごとにその「難解さ」は増して
ゆくばかりですが、「興味」も増幅して
ゆきます。

この「難解さ」の中にある、「心地よさ」
的な要素は、思考を日々続ける人にとって
は、必要な触媒のひとつになります。

著者の難解な定義の数々を一つひとつ、
解読してみることをお勧めします。

ぜひ、挑戦してみて頂きたいと思います。

「思考」が広がってゆく感触を味わって
頂ければと願っています。

本書は以下のテーマで構成されています。

・言葉と悲劇
・ドストエフスキーの幾何学
・漱石の多様性
・江戸の注釈と現在
・「理」の批判
・日本的「自然」について、等々

では、少し難解なこの「せきがくの旅」を
どうぞ!

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本書で学んだ素敵な言葉

文学から出発するということは、
言葉から出発するということです。

本書「日本的自然について」より

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人間の悲劇的条件というテーマを考えてみてほしい!

『私がきょう話したいのは、悲劇論という
よりも言語の悲劇性、いいかえれば、言語
を持つ限りでの人間存在の悲劇性というよ

うな事柄についてです。』

これは本書の「言葉と悲劇」という章で、
著者(柄谷行人)が最初に記している言葉
です。

「言語を持つ限りでの人間存在の悲劇性」
という表現をどう受け止めれば良いのか?

私の中では、この言葉の響きが、しばらく
止むことなく、留まっていました。

ウィトゲンシュタインの考えをもとに記さ
れた次の表現を見ると、少し理解に近づい
たような気になります。

『人間は考えがあるから言葉をしゃべるの
ではなくたんにしゃべるのだということ』

哲学的には、思考することが先に在り、
言葉はその結果を表現する為のものと
考えるべきであろうが、現実的には、
そうではない。

言葉には前提などなく、思いのままに
発せられるものである。

こうした考え方を慮って、「悲劇的」
と表現したのではないか、そう感じて
いるのですが、難解です。

まだまだです。理解できるまでには、
多くの私淑を要することになります。

難解ゆえに諦めるのではなく、
繰り返し、繰り返し、自分の頭で考える
ことに価値を感じます。

どうか、本書を読み込んで、著者が示す
テーマに挑戦して頂きたいと思います。

「人間の悲劇的条件」という難解な言葉も
真意を追い続ければ、その先には、きっと
次の高尚なテーマに挑む意欲を備えた自分
を感じることができると思います。

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「多様な領野」を行き来する著者の考え

『私は実際に何も考えられなくなった。
そこで1983年に渡米した。何も考えない
ために、である。』

これは、本書終章に記された著者の
言葉です。

さらに、言葉は続きます。

『そうこうしているうちに、これまでと
違う発想が出てきた。それを説明すると
長くなるが、一言でいうと、「内側」から
でも、「外側」からでもなく、その「間」
に立つことであった。』

実に深い言葉です。

著者の思考の苦悩と迷いの変遷が伺える
とても真摯な言葉に感じます。

思考を突き詰めてゆくその先には、こう
した過酷な状況が待っている。

それは、いかに有能な学者であっても、
思考の深さに止めをきかさなければ、
そうした状況に身を置くことにもなる。

よくよく、心しておきたい話である。

著者はそうした過酷な日々を過ごすことで
多様な領野を行き来する術を身に付けたの
だと推測しています。

「前に行く」経験であると。

「何もしないために、渡米をする。」
とても勇気のいることだったと思います。

こうした大変貴重な「知の営み」により
編まれた本書です。

ゆっくりと、考えを深めながら読み進めて
頂きたいと思います。

では、本書の中で私が特に興味を惹かれた
箇所を引用しておきます。

本書に綴られた考え方を知り、自分は
どう考え、どう行動に活すのかを、
ぜひ、考えてみて頂ければと思います。

【引用5選】

❶言葉と悲劇

言葉によってあり、言葉によって生きる
ことが自然史的な条件だということは、
それをとり除くこともできないし、解決
することもできないということです。

❷ドストエフスキーの幾何学

ドストエフスキーの世界と言うのは、神を
人間の中に連れ込んできたような、そうい
う世界のように思われるのです。

かりに近代小説がいくつかの公理系から成
り立ったユークリッド的世界だとしますと
ドストエフスキーの場合は、

比喩的にいって、平行線が交わらないと
いう公理を平行線は交わるという公理に
かえて作りあげた文学である、そういう
ふうにいえると思います。

❸漱石の多様性

夏目漱石は、小説、俳句や漢詩を描いて
います。多種多様な文体やジャンルに及
んでいます。

こういう作家は日本だけではなく、外国
にもいないと思います。

この言語的多様性は、たんに多芸である
とか文才があるとかいうことではすまさ
れないものです。

❹理の批判

理の脱構築は、仁斎から宣長にいたって
ある徹底した形をとって実現されました
が、まさにその時点で、別の理=漢意=
イデオロギーが蘇生してきたのです。

そこにおいて天皇は、この時から有力な
記号となったと言えます。

❺日本的自然について

自然じねんというのは、対象としての自然では
なく、一種の働きとしての自然なんです
が、自ずから然らしむことですね。

自ら成るという、いつの間にかこう成っ
たんだ、自分の意志ではない、誰が働い
たわけではないが、いつの間にかこう成
ってしまった、と。

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本書に私淑して私が思うこと

『私は文学批評というものをやってきまし
た。何を考えるにしても、いつもそこから
出発して考えてきました。

文学から出発するということは、いいかえ
れば言葉から出発するということです。』

これは、本書「日本的自然について」の章
で著者が語っている言葉です。

「言葉から出発する」

この言葉は、私にとって、とても大切な
言葉のひとつになりました。

今思うに、これまでの私の生きる原点で
あったように思います。

いつも、言葉から出発してきたように
思います。

いい言葉です。

仕事においても、私生活においても、
言葉を意識して、ことを始めてゆく。

著者の心にあるこの言葉の意味合いと
私の抱く思いは、同じではないのかも
知れません。

それでも、この言葉は、
私にとっても大事な言葉なのです。

私は行動を起こす際に、必ず起こりうる
問題を多方面から予測します。

そして、その問題が起きない為の予防策と
起きた時の発生時対策を同時に考え、その
問題の発生確率と影響度で使い分けます。

そして、実行する際に、「言葉から出発」
することが習慣化されています。

行動を起こす為には、人を動かす必要が
あります。

そのためには、人の「心を動かす」言葉が
必要なのです。

本書は、自分が気付いていなかったことを
得心できる形で教えてくれます。

ぜひ、一枚一枚ゆっくりと捲りながら、
その教えに身を任せてみて頂ければと
思います。

きっと、こころの支えになってくれる
ことと思います。

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まとめ(「言葉」)

今回は、『言葉と悲劇』(柄谷行人)
についてお伝えしました。

・アルカイックな存在の仕方
・文化的爛熟とデカダンス
漢意からごころ
・ポリフォニック
・外的なレファレント等々

本書は、どの頁を捲っても難解、かつ意味
深い言葉で敷き詰められていると感じる
ことでしょう。

それを紐解くことに苦痛を感じ難解なもの
とするか、それとも心の成長のために良し
とするか、解釈が分かれると思います。

しかし、その選択の違いで、その後の
人生感は大きく異なると思うのです。

多くの人が、後者であって欲しい、
と、そう願っています。

本書は、実に難解です。

しかし、日本人初の「バーグルエン賞」
を受賞された作家の書籍です。

きっと人生を豊かにしてくれる
ことでしょう。

私は本書に私淑して、「言葉」をいつも
意識して生きることは、とても意味の或
ることだと、あらためて意識することが
できたように思います。

言葉は、「知」と「心」を、「自身」と
「他者」を思いやる、その原点に位置す
るものであると、そう思うのです。

日本的「自然じねん」を求めて「せきがくの旅」
を始めてみることをお勧めします。

ボアソルチ。

株式会社CSI総合研究所
 代表取締役 大高英則

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